人間の記憶のメカニズムをロボットから探る | しんりの手 :psych NOTe

人間の記憶のメカニズムをロボットから探る

Krichmar robot

クリッチマー博士のロボットは見て、触り、考えて、動く。


Krichmar brain model

クリッチマー博士のロボット「ダーウィン7号」(写真上)の「脳」のモデル(写真下)が雑誌に載っていたんで、心理学の面から検証してみますよ。


人間の視覚情報処理では、目から入った情報が物体の識別と物体の位置との2つの情報として別の経路で処理されます。このロボットのモデルでもそうなっています(object identification, object location)。そしてその情報が海馬(hippocampus)に行くわけです。海馬は長期記憶と考えると分かりやすいかもしれません。人間の脳もロポットのモデルもほぼ同じ情報の経路で進んでいます。


僕が考えるに、こういったロボットのモデルは心理学にはない圧倒的な利点があります。それは現実的でなければいけないこと。現実に動かなきゃ意味がないから。


具体的に例を挙げてみると、以前は心理学では記憶のモデルとして「感覚器→短期記憶→長期記憶」というのが一般に信じられていました。今では誤りだと信じられているこのモデルを、このロボットに組み込めるか考えてみましょう。


カメラ(感覚器)で捕らえた映像が「物体識別の器官」に行きます。以前の誤った記憶モデルだとここが短期記憶だと考えられてきました。なぜなら短期記憶というのは、長期記憶に保存される直前の一時的な記憶の保管場所だからです。これがなぜ誤りか。それは、物体を識別するのには過去の(長期)記憶が必要だからです。例えば今、僕の手元にある青いボールペンは長期記憶無しにそれをペンとは認識できません。感覚からの素の情報だけでは、それは青い視覚刺激でしかありません。


現実的なロボットのモデルに当てはめてみる事で、誤ったモデルであることが分かります。ちゃんとこのロボットのモデルでは物体を識別する際に長期記憶(海馬hippocampus)から情報を受け取ることを示す矢印が書かれていますね。

心理学で空想的な記憶のモデルをどうひり出そうが、こういった現実的に働く記憶のモデルの説得力には勝てません。今後、心理学とこのロボットの研究者がどう協力して研究を進めていけるのか、将来がすごく楽しみです。

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写真の引用元と元の記事:

New Scientist, 5 November 2005, p.30.


記憶のモデルを詳しく説明している本:

Robert A. Bjork, Elizabeth Ligon Bjork。この本の第一章(Harold Pashler & Mark Carrier)が分かりやすい。Memory (Handbook of Perception & Cognition S.)


記憶に関しての本。第39章(daniel Schacter, Anthony Wagner, Randy Buckner)で記憶のシステム派と反対派をさらっと紹介。

Endel Tulving, Fergus I. M. Craik

The Oxford Handbook of Memory


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