「脳の局在化の問題点」ウィリアム・ユータル(2001年) | しんりの手 :psych NOTe

「脳の局在化の問題点」ウィリアム・ユータル(2001年)

William R. Uttal (2001年)
The New Phrenology: The Limits of Localizing Cognitive Processes in the Brain (Life and Mind: Philosophical Issues in Biology and Psychology Series)

この本は今年読んだ本の中でも最も面白い本だった(今年中にランク付けなんかをしてみたいな)。今まで信じてきたものが崩れ去って、新しい価値観を作らざるを得なくなった。心理学、哲学、科学全般、物書き、そんな人に読んで欲しい本。


本の主旨。脳の局在化というのは脳のどの部分が人間のどの機能を司っているかを探る研究だ。脳の局在化はある前提によって成り立っている。しかしその前提の多くは間違っている。なので間違った前提の上に立つ研究の多くも信じられないものだ。そういった間違った内容を一つ一つ吟味しているのがこの本。


脳の局在化を探る方法で最も有名なのが乖離法(かいりほう、または二重乖離法,dissociation, double dissociation)だ。これは脳の一部に障害がある患者達を観察することで、脳の一部を失うことがどんな行動に現れるのかを見る方法だ。

例えば脳の一部「ウェルニッケ領野(Wernicke's area)」に損傷を受けると言葉を理解しにくくなる。乖離法の考え方だと、この例ではウェルニッケ領野が言葉の理解を司っている部分、またはその理解に必要な情報の通り道だということが予想できる。


僕はこの本を読むまでこの研究方法の問題点なんて考えたことも無かったんだけれど、乖離法には確かに重大な問題点がある。それはこうだ。脳は全体として成り立つ一つの機関で、部分部分に分けて考えることに限界がある。例えば上の例で言えば、ウェルニッケ領野に損傷を受けると、それが脳の別の一部分Aに影響を及ぼすかもしれない。その部分Aが実は言語理解に必要なのかもしれない。なので、この事例を何百例集めようが、ウェルニッケ領野が言語理解に必要な部分だとは言い切れない。

wernicke ややこしいでしょ?僕はこの本を最初に読んだ時によく分かんなくてもう一度この部分を読み直さなくてはならなかったよ。僕の理解を例えにしてみます。

あなたは東京に住んでいて、おいしい魚「ソイ」を食べます。で、東京で体験する事例と破壊された部位とから原料地(実は北海道)を探り当てようとします。東北道が破壊されました。北海道からの陸送路が絶たれてソイの市場量が減るので原料地は北のほうかな、と推測します。これは正解に近い。瀬戸内海が破壊されました。造船ができなくなってソイが取れなくなります。または横浜が破壊されて鉄鋼の輸入量が減って造船ができなくなってソイが取れなくなるかもしれない。だからと言って瀬戸内海は横浜がソイの原料地とか通り道ではない。


つまり相互関係が激しく絡み合ってできている一つの組織(脳とか日本の流通機能とか)は損傷の部分とその後の変化からその部位の機能を特定するのは著しく困難なんだと思います。この説には大いに納得。なので、乖離法を元に脳の部分の機能を特定するにはこの前提が危ういものだということを踏まえて、それでも脳の局在化を信じるに足る理由を説明する必要があるでしょう。そこまでしている論文はあるのかな?今まではこの点を気にしないで論文を読んでいたんで、実情が分からない。僕の頭の中ではかなりショッキングな文でした。


今日は論文を書かなくちゃいけないんで、これまで。この本は面白いんで、何回かに分けていろいろ紹介してきますよ。次回は脳の活動のイメージング技術の問題点なんかを紹介するつもり。

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